茶ぶろぐ

おとなのライフスタイル@TOKYOブログ

アニメ『葬送のフリーレン』初回を観た

 アニメ『葬送のフリーレン』初回を録画視聴。観る大きな理由は、監督が『ぼっち・ざ・ろっく!』の斎藤圭一郎さんだから、である。原作漫画も一話を読んだり、連載もたまにみたりしているが、話を追うほどのファンではない。


 アニメは期待にたがわず「うっお!」と奇声がでるくらいすばらしい画だった。背景めちゃくちゃすばらしい、キャラクターかわいい、群衆シーン動きすぎてやばい。
 1話部分はとくに、美しい背景と動きすぎる人々に圧倒される。


 話が進んでいくと、気づいた。あれだ、あの、夏目友人帳に似ているね...。
 癒し度が高く、だがあんいな話ではなく、いい意味で見ながらどんどん眠くなってくる。(死者の記憶という点も共通している)
 時代に求められているのか、こういうものが。


 フリーレンの物語は、「RPG的な魔王討伐パーティーが目的を達成したその後」なのだが、パーティーという概念について説明はない。パーティーはようするに最遊記の三蔵様御一行だ。いやそれが説明になるというのもおかしい。パーティーは、何か目的を遂げるためのグループ、だ。フリーレンでは、そのメンバーに、エルフとドワーフが当然のように含まれており、エルフが長命種ということについても特に説明はない。ドワーフもちょっと長生きらしい。ここらへんの知識は、沙悟浄が河童なみに、そんなにもいまは市民権を得ているのだろうか...。(本当は沙悟浄は河童ではないらしいが)ドラクエの初期は、そういうパーティーはあってもエルフやドワーフはいない。


 ま。
 いろいろ「これはこういうものだよ」という前提の知識をかなり要求する作品なのに、金曜ロードショーで、テレビ放送四話分をむりやりいっぺんに放送してしまうあたり、日テレの跳梁跋扈な雰囲気がダダ漏れしていて、やばいっすね。


 でも現時点ではアニメはすばらしい。相性の問題もあるでしょうが、自分には、キャラクターたちが、原作よりずっと魅力的に見える。つーか、あんな漫画からこんなに豊かなアニメになるんすね、というくらい。アニメ作る人すごい。漫画をdisるわけではなく、自分にはあの漫画がそこまで人気がでる理由はわからないだけ。


 ぼざろもフリーレンにしても、これは一般向けではないでしょう、みたいな要素が強めの、しかしとても面白い作品を原作として、テレビ放送という公共の電波にのせるアニメとして創造する、その能力が、監督やスタッフたちはめちゃくちゃ長けているのでは、と感じる。それは私にとってはすごくありがたくうれしいことだ。
 アニメってこんなに楽しい、すばらしいものなんですよと、自分の手柄のようにいいたくなる。(鬼滅のアニメはぜんぜんそういう風に思えないという致命的な欠点がある)
 昔のアニメのスラムダンクも、いまのキングダムも、初期のコナンくんも、そういう魅力がある。(キングダムはあんまり広く一般向けにはなっていないけどまあ戦争しかしていないからしょうがない。)
 自分が求める良いアニメの条件を叶えて、かつ新しい才能がある、そういうものがでてきているということが、とにかくうれしい。人気がでたらもっと忙しくなるだろうけど、無理しないでほしい、長生きしてほしい。ほんとに病気には気をつけて。頼むからほんとに。(これが一番言いたいことなのである)