のこのこ茶ぶろぐ

chaoruko@HatenaBlog

感謝のジャスティス1万回をだいたい観た

※「ジャスティス!」だと、はてなに勝手に「ジャスティ」にリンクがはられてしまうので「じゃすてぃす」表記にしています。



 サンシャイン池崎さんのすぺしゃる企画である。朝9時からやるというのは知っていたが、起きたのも遅かったので、45分ぐらいから再生していた。その後、1時間くらい散歩で外にいく以外は、ほぼ流していた。
「じゃすてぃす!」と叫ぶのを、1万回やるのである。
 さいしょのうちはちょっとスローペースだったが、中盤で巻いて、終わりはうまくおさめたようだった。
 もちろん「じゃすてぃす!」ばかりをやるわけではない。定番の派手な自己紹介や、いろんなアニメやマンガのネタをもりこんだ、コントか一人芝居のようなものがちょいちょいあったし、コメントにコメントやネタを返し、Twitterで投稿された「FAX的なもの」画像もプリントアウトしてコメントしていた。生放送のトーク番組とかである、視聴者のみなさまからのFAXを募集しております、的なやつに憧れていたらしい。


 場所は近くなら世田谷とか練馬?(偏見)、遠くなら東京の郊外といった、広い農地か山の裾野のみたいな自然のなかで、一日中「じゃすてぃす!」とポーズをつけながら叫んでいた。
 すごかった。


 もともと嫌いな芸人さんではない、とても好ましい人物だと思っているけど、芸人としておもしろいかというと謎だっが、きょうは何度も大爆笑した。我ながらツボや好みが謎だ。年齢は自分のほうが上だけど、アニメやまんがについて、重なるところが多いのだろう。ネタがだいたいわかるので、ツボにはまってしまう。でも「おみくじをひく」というネタなんて、なんかのパロディだったのか、よく思い出せない。もういちど10時間も時間みるわけにはいかないので、ネタまとめ動画を作って欲しい。
 いや案外、10時間流せるかもしれない。焚き火の動画みたいなものだ。だいぶそうぞうしいけど。


 我が家は狩野英孝さんのチャンネルもわりとみているのだけど、彼らの共通点をあげるならば、テレビの笑いでは完全には王道ではないということである。テレビの笑いはすごくキャパが小さく形が決まっている。そこにどストレートにはまっている芸能人は、幸せかどうかはわからない。彼らの笑いは、そこからはずれているが、一般からしたら、ずいぶんハイレベルだ。それすらも簡単には感じさせないところが、また心憎い。また、スタッフさんなど周りの人材に恵まれて助けられているなとも思う。画面にうつる人たちだけではないことを、Youtubeの動画はよく垣間見ることができて、それはステキなことだ。
 1万回感謝をこめて「じゃすてぃす!」と叫ぶ。常軌を逸したばかばかしい企画だが、ネタはぎゅうぎゅうにつまっていた。きっとたくさん、けっこう綿密に、用意をしたのではなかろうかと思う。カメラアングルもときどき楽しかった。長時間のだらだら企画は、楽しいと楽しい。でも体をはるのはほどほどでいいよ。


【登録者10万人突破SP企画】感謝のジャスティスを10000回!繰り出し続けられるか!?【生配信】 - YouTube

ごはんを作って片付けたあと

 ごはんを作って片付けたあと、たいてい気の抜けたようになる。だからけっこうな時間をぼんやりすごしてしまう。そういう時間をすぐに何かに使って積み重ねていけば、何かを得られるのだろうけど、なかなか難しい。朝はたいしてご飯をつくらないからまだいいが、昼や夜は時間をさく。作ることから、食べること、片付けるのまで含めると、昼でも2時間、夜はもっとかかる。もっと効率的に短縮したほうがいいのではないかと思う。
 ふりかえれば、いまはだいぶ時間がみじかくなっている、これでも。以前はもっと長かった。買い物も、何を作るか決めるも、作るも、大変な時間を要していた。いまは作るのはだいぶはやくなった。それでも長い。
 効率化の方法はいろいろある。そもそも昼は、買いに行けば良い。夜もデリバリーがいまはいろいろある。買いに行くのは気晴らしになるし、デリバリーは楽しい。
 でも、お金はかかるし、食べたいものが食べられるわけではない。おいしいものでも飽きてしまう。冷凍食品も、近所で買えるバリエーションがそんなに多くないから、けっきょく飽きてしまう。きっちり同じすぎるのだ。
 おそろしく食い意地がはっている。やることはいろいろあるのに、作っておいしいものを食べたいと思ってしまう。いまはとくにそういう時期なのかも。
 covid-19の時代は、すぐには終わらず、ゆるやかな長い変化になるだろう。いつか自分も、自分の料理を作る腕前の上達の停滞に気付き、ある日いきなり作ることに興味がなくなるかもしれない。それはすごく嫌なのだが。
 自分がおいしいものを食べたいという思いが強いあいだは、それに執着してもいいんじゃないかと思う。たぶんこのさき、あと20年くらいだ。もう四十代半ばだから。六十代の半ばにもなれば、味覚も動き回る感覚も、だいぶかわっていることだろう。料理など自分で作るのはぜいたくな時代になっているかもしれないディストピア
 でもあまりにもほかのことをやる時間がないというのは、考えものだ。1時間、2時間と3時間として、そんなにメシに時間を割いていいものだろうか。6時間? いやそれまじおかしいけど、買い物も含めたらそうかもなあ。ダメ人間だ。毎度。会社勤めのときはどうしていたんだろう。そりゃ晩ご飯は買ってくることが多かった。

金融リテラシーが低い

 大学のときにhtmlタグをぷちぷち書いてftpでファイルをあげてwebサイトをつくったり、深く考えずにIT系企業に入ったりで、なりゆきでITリテラシーはそれなりにあるが、金融リテラシーが異常に低い。日本史より知らないかもしれない。あまりにも知らないので、わからない以前の世界にいる。
 もういい年齢で、だいぶいい年齢で、平均的な貯蓄額からすると目ん玉飛び出るぐらいない。事実上ない。
 そして老後はなんと20年を切っていた。どちゃくそやばい。
 それで勉強をはじめているが、当然ながら、一朝一夕で身に付くものではない。なにせゼロどころか、妙な思い込みや偏見もあるとしたら、マイナスからのスタートである。


 次元とわず、推しがどーたらこーたらの世界で生きてきて、趣味にお金をつぎ込んできた。将来設計がなにもなかった。だから、言っても無駄だとは思っているけど、若いうちから、20代から、大学生から、高校生ぐらい、中学生から、お金の勉強はしておこう。小学校高学年でもいいかもしれない。じゃなきゃ身につかない。大変な格差を生むばかりである。


 でもわかってる。若い人や、子供や、そういう性格の人は、ずーっとそういうことに、危機感はちょっぴりもっていても、実行にはうつせないの。30年先のことなんて、考えられないもん。
 でも考えなきゃと思った時には、だいぶおそい。
 英語の勉強は子供のときからするじゃん? お金も同じぐらいからはじめればいいのよ。多分。


 でもわかってる。やらないのよ。やらなくてここまできた。
「今日が人生で一番若い」ことだけが頼りである。

おでんとは、おでんとはなにか

 おでんとは。そもそもおでんとはなにか。幼い頃、我が家にはおでんのメニューはなかったし、外で食べる機会もなかった。おでんなど、大人になってから、飲み屋でおでんぽいメニューがあったら、たのんでみる? どうする? みたいな、謎のメニューである。
 だいたいぜんぶ茶色い。薄茶色くてぜんぶ同じ味じゃねえか。何がうまいんだかわからない。
 有名だけど、ずっとなにかがひっかかっている、しっくりこないものの一つである。


 でもときどき、わかっていないのに、むしょうにおでんを食べてみたくなる。それでスーパーで買ってくる。
 おでんとは、スーパーでかってきて作るものなのだ。
 スーパーで売っているものは、

  • 具だけ、単品または詰め合わせ
  • 詰め合わせ具と粉末と液体のだし
  • 詰め合わせ具と液体のだし一体型(すごく重い)

 などいろいろある。かつ、関西、関東、その他の地域などいろいろある。
 昨日は買ってきていたおでんがてっきり一人前で、具をたそうと大根やたまごを作ってみたが、その余分に用意する具の出汁はどうするのさと適当に調べてつくって煮ていて、よくよく買ってきたパッケージをみたら、「関東風」とかいていた。うむをいわせず関西風だしにしていたので、けっきょく彼らはまざったことになる。しぱもその内容物は、びみょうな2人前だった。小さい卵と大根とか、いちおう2個ずつ入っていた。でも全体のカロリーは300kcalもない。
 しかし塩分がすごい。
 結果的にはぜんたいとしてまあまあ美味しかったが。


 おいしかったけど、「おでん」というものの味のイメージはいまだに固まらない。どういうおでんがおでんの味で、どういうおでんが自分はたべたいのだろう。概ね西のほうではあるが、関西風のおでんというもののイメージもない。
 わりと明確な見た目のイメージは、おそ松さんがやってるチビ太のおでんの屋台である。ニート6子はチビ太のおでんをつまみながらくだを巻く。おでんは煮込んでいるイメージが強い。でも実は、煮込んでいるのは硬い大根とかその準備段階であり、あの状態になると温めているだけぐらいなのだ。そして煮すぎると練り物は美味しくなくなるらしい。イメージとなんかちがってたやつら。


 なぞのおでんといえば、ワンピース(アニメ)に、さいきんやっと、他のキャラクターに「おでんさま」と名前を呼ばれるばかりだった本人が登場している。そもそも「おでん」というなまえで、女の人かなと勝手に思っていたら、ちがった(かなりまじめにみていない)。重要キャラのようで、声はジャッキーチェンの吹き替えなどで有名な石丸博也さんである。ワンダフルゴージャスマーベラス。この方はめちゃくちゃうまいのだ。そりゃあんだけ声をあててるんだから、下手なわけねえじゃないかというかんじだが、単にジャッキー・チェンがあたったというのではなく、うまいからあてられたのだ。と、その名人芸を披露してもらいたいのか、登場後は本人が書いた日記を読むていで、ナレーションもしたりしてしゃべるしゃべるのしゃべりまくり。そう、うまい人のしゃべりはたのしいんだよねえ、たくさんきいていたよね、そこはわかる。おでんさまもすごく魅力的なキャラクターだ。でもワノ国編は、ワンピースはほんとうに謎の漫画でアニメだよね……。

陰謀論やオカルトな話に免疫を

 陰謀論やオカルトな話に免疫を、自分はどこでつけてきたっけ…? と自分をふりかえってみたが、わかんない。どらえもんか、アラレちゃんか、あさりちゃんか? むかしの主にギャグ漫画は、そういうものがちょいちょい入っていたかもしれない。あ、ケロロもそうかしら? それはもう大人になっている。そうそう、本屋で立ち読みした水木しげるの絵本も関係あるかしら?
 自分は小学校にはいっても「大きくなったら魔法使いになりたい」とぬかしていたウカツちゃんなので、まあまあそういう方面には興味があったのだが、そもそもなぜそういうものに興味をもったかは、はっきりしない。ファンタジーもあれこれ好きだった。
 しかし成長するにつれて、私は知ってしまっていた。


 オカルト、案外お勉強がいる。


 占いとか、陰陽道とか、未確認なんちゃらとか。ケロロの冬樹くんみたいに、熱心で詳しくて知識が豊富は遠い道だった。
 UFO界隈は、「陰謀論」の免疫をつけるのによい。たたり、のろいとかは、やっぱり漫画かなあ。オカルト特集とか、時々あったような。
 幼稚園や小学校前半くらいまで、子供のイマジネーションが炸裂する時代に、そういう話題にちらちらふれて、小学校高学年から思春期あたりで「これこれについてはここまで謎が解けている、説明できる」というふうに、現実を知り、ちょっと夢はやぶれるけどロマンは残る…みたいな、変遷が、そういったものと楽しく長くつきあえるかもしれない。
 民族学的な、神話的な話も楽しいし。アマビエも、ある程度そういう知識があるから、共有できる。


 となると、もしや鬼太郎ちゃんの果たしている役目は大きいかもしれない。子供も大人も、水木しげるを読もう、観よう!


 子供のときに、漫画もアニメもみない、民話も日本昔話的なものも見聞きしないで、思春期になってからオカルト第一波に遭遇するような場合があるとしたら、かなり危険かもしれない。大人になってから出会すなんて、もってのほかである。
 ということは、学校である程度、せめて、土地の伝承とか妖怪の話をきいておいたら、いいんじゃないですかねえ…。


 簡単でかつ、あんがいすごくむずかしい話だ。大人になってからだと、どうすりゃいいんだろう。「いちど信じてそれはちがう」という体験が必要ぽいので、そういう一回だまされるセミナーとか、効果がありそうだけど、だまされる被験者や訓練はつらいわ。


 免疫は定期的に更新する必要があって、伝統的なネタも、新しい陰謀論も、時々見るようにしている。「信じるか信じないかはあなたしだい」みたいな案件を、時に応じて仕入れておく。そういう継続的な予防策も必要だ。


 一度は買ってみると、いいですよ! レビューにも「自分が興味がある記事が掲載されている月だけの購入でもいいと思います。」あります。

小型家電のゴミをだした

 たくさん謎の電源、ACアダプタがあって。

 ゴミに出してきた。住んでいるところでは、小型家電のゴミというカテゴリがあって、収集ボックスが設置してあるところへいきそこへ捨てればよい。

 捨てるところが近所なので便利だった。もし遠かったら、どうしたんだろ。

 しかしそもそもそれらの電源は、なんの電源かわからないものだらけだった。何年前かもわからない。かるく十年はたっているものばかり。何年も何年もホコリをかぶって、ただでさえ狭い部屋をますます狭くしていた。

 コロナさまさまじゃのう、という側面もなくはない。情けないく悔しいがそれも現実なのだ。 

Power Macintosh G3 (Blue & White)をリサイクルに出した

 ずっと見えないところでほこりをかぶっていたPower Macintosh G3 (Blue & White)をリサイクルに出した。処分した。
 買ったのはいつだか覚えていないくらい前。このMacでいろいろできるようになって人生変えよう、みたいなことを正直ちょっと思っていた。でもいろいろできなかった。
 使わなくなってからは捨て方がわからなかった。PCはメーカーでリサイクルしなければならなくなったが、そのときはAppleが対応していなかったのか、そのサイトにたどり着けなかった。
 最近調べたらすぐにでてきた。お金払ったらすぐに伝票がきた。ビニール袋で二重にして、郵便局の専用のフリーダイヤルに電話したら、最寄りにつながって、集荷してもらった。
 あまりにも長い間部屋のすみに放置していたので、思い入れなども微妙だ。すごく大きくて重い。13kgぐらいある。
 モニタはテレビも見られるものだったから、買い替えのときにもっていってもらったのだ、確か。
 G3でなにをやっていたか、あまり思い出せない。いろいろやったとは思う。
 挫折とびびりの象徴だった。
 家からなくなったからといって、それはなくならない。青い重厚なポリタンク。ポリタンクって言われたとき、すごく凹んだ記憶はある。そんなていどですぐにいろいろ情熱を失うのだ。
 おそ松さんで、いいこといっていた。「やりたいことなんてわからない、みつけ方もわからない、でもキラキラしていたい」そんなかんじのこと。ほんとにそんなことのくりかえしだ。最近になってようやく、キラキラするには日々の積み重ねしかねえんだなと道徳の教科書みたいなことがわかってきたけど。若い人たちもそんな地味な現実に気づけば、ただキラキラに憧れて、変なオンラインサロンの餌食になったりしないだろう。
 キラキラって怖いなあ。トッキュウジャーのキラキラは希望なんだけど。