脊髄反射でオブラート

chaoruko@HatenaBlog

『ワンダーウーマン』を観たら語りたくなる症候群と

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 ともかく面白い映画だった。2時間21分の長尺も気にならず、映像は人物は美しくかわいく潔く、パキパキ進み、アメコミ的ストーリーと第一次世界大戦の冒険活劇もの的雰囲気のミックス具合が絶品で、それなりにギッタンバッタンなシーンがたくさんあるけれど、観ているあいだずーっと楽しかったので、ヒットもうなずけるが、日本ではまあやはり微妙だろうとは思うのは、第一次世界大戦だよ的説明がほとんどなかったからで、ナチスとちゃんぽんになっている人もたくさんいるし、それはもう日本の学校教育が危機的状況であるといえばそうなのだけど、ヒットするかしないかという話だとそれにつきるし、その他の理由は、ワンダーウーマンはかわいいけど、日本的今日的芸能界的基準からすれば立派な大人の女性なので、どんなに美人でかわいくて顔が小さくてスタイル抜群で露出度も珍しく高めでも、別の意味で露出しまくりスカートの裾をひらひらさせる幼児性アピールのアイドルグループが幅を利かせている国においては、見向きもしない男性も女性も多いだろう。大人の女の人があんなかっこしてww戦うとかww、意味わかんねwwで終わりで、それでいろんなものを掴み損ねて静かに沈んでいくのはその人の選択か運命か。


 長尺にくわえ(2時間を超えたら全部怪しむ)『マン・オブ・スティール』の終盤のかったるさでDCには距離をおきあやしんでいたが、ちょいちょい公開される写真によると、ワンダーウーマンが美人でかっこいい、クリス・パインがでるしかっこいいらしい、あの音楽も妙に気になるので、観に行こうと思っていたことを実行できた。ひとの入りは『ベイビー・ドライバー』ほどではないが、IMAXはどうしても、前のほうは開いてしまうのはしょうがない。一人できている男性が目について、入場を待つ列は白髪のおっさんがたくさんいたが、たぶん『関ヶ原』にいくのだろう、なるほどこういう層を狙った映画なのでなあとやや納得。


 以下ネタバレあり。

 プロモーションのせいか意外だったことはいろいろ多数。クリス・パインの出番が多くて多いどころかダブル主役級でありがとう、ありがとう。彼の作品はスター・トレックが多くて他は2,3本しかみていないが、どちらかというと主役ぽい役が多かったので、そう主役というのは出番は多いが、意外としゃべらない。今回のクリス・パイン演じるスティーブ・トレバー大佐は、出番はおおいし台詞も多いし、いろんな表情とかっこうをみせてくれるので、もう最高うまい美味しいありがとうございます!!、と2時間強脳内で何か駄々漏れではしたないったりゃありゃしねえ状態だった。その大佐と秘書と愉快な仲間たちが、めちゃくちゃ最高じゃないですか!! 宣伝はアマゾン族にこんなかっこいいきれいな役者さんいっぱい集めてますよみたいな話ばかりだったけど、彼女たちが出てくるのは序盤だけで、そりゃもう砂浜の戦闘シーンは歌舞伎的かけ声(?)を飛ばしたくなるようなキメキメな瞬間が多数ありステキですが、物語としては、映画の楽しさとしては、断然、超かわいいエッタと3人の仲間じゃないですか。狙撃手はでてきた瞬間から声がよすぎてちょっとひっかかったけどウフフ。戦場にいっても、3人がどうふるまっているかが、映画的に厚みとか面白さをだしていたが、その映画というのは、ノートを盗み出すシーンから始まる大佐が主役の大冒険活劇なわけで、ワンダーウーマンの映画でなければ、彼は当然最後は脱出して助かって、仲間達とともに次の任務へ向かうのだ。涙。


 最後の戦いのシーンは、神々の超人的な戦いと、大佐と仲間たちの戦いが、平行して描かれていて、(『マン・オブ・スティール』もこういう工夫をしていてくれたらよかったのにと思わざるをえなくて、)字幕派からとすれば、スティーブとダイアナの最後のやりとりのシーンを最初は音が聞こえないのは、ああもしかして最後の言葉がききとれないのかしらきっと愛の言葉をつたえているのにというじれったさと同時に、役者の表情に集中できるというすばらしい利点があった。クリパがいっぱいしゃべるが故に、いろんな表情にもおいつけないというジレンマで目が2セット欲しい。


ベイビー・ドライバー』でやったらとても楽しかったので、ツイッターで検索して、みしらぬ人の『ワンダーウーマン』のたのしい感想を読もう、しかし、なんかいろいろ苦言がそこそこ多い。それだけ観た人が多いということもあって、まあそういわれたらそうかなというツッコミどころもたくさんあるけど、なんだかそれ以上に情熱的にあれこれ語っている人が多くて、そこまで重厚な映画だったっけなと首をひねったり。ストーリーはほとんどなくはないけど、たいしたものではなくて、しかしこういうものにおいては、こういう物語が必須で通るべき道なので、(神話的物語が男の独占から解き放たれたのだ!!)それは良くて、では細部にオリジナリティとか、訴えたいことを乗せるわけだが、美男美女がいて、彼らがどのような顔をするか、かつ、どのような顔の瞬間をとらえるか、ということが重要である。今回の映画は、ぜんぶ少しずつ違った。大枠は王道なのに、細部の脚本、とらえた表情、息づかい、動き。それらがちょっとずつ違う。アクションシーンですら、どの瞬間をどのようにとらえるか、すべて違う。『マトリックス』のような新しい映像技術というのではなく、実際におきた出来事を立場や感じ方が異なるように、『ワンダーウーマン』という映画は、いまどきの制作費が巨大なエンタメのアメコミ映画なのに、いままでみたものはちがっていたーー!、とじんわりと無自覚なところで衝撃をうける。


 女は女であるが故に、女をただしく評価できるわけはなく、日本や欧米など、多くの父系社会、男性優位の世界においては、女性自身も「女はかくあるべし」どうじに「男はかくあるべし」という社会的慣習に囲われており、すべて悪ではないが、まだまだ、女性は圧倒的に理不尽に、あらゆる分野において、萎縮し、支配下におかれているのだ。その異常な状態から、脱しよう、打破しようという活動すら、そういう活動をする女という枠組みに縛られる。だから、常に、どの瞬間も、どんな神話的物語も、それは男性のためではなく、そこは男が、女が当たり前だとか、優れているとか、偏ったまなざしをもっていないか、常にチェックしなければならないのだ。エンタメですら、それができることがわかった。女性の解放の先、もう解放された先の女性は、ならばどうあるべきかを、クリエイティブな人は示す段階に来ている。男性に対して自立しているのではない、何も比較するものなく、そこにあらなければならない。それを、ダイアナというキャラクターを通じて描いたのではなく、映画全体でそれを表している。


 わかりやすいストーリー、美しくかわいく強い美男美女、愉快な仲間たち。そんないっけんだいじょうぶ?な要素を並べつつ、安易な答えがでないことなどもふくめて様々なニーズをひっくるめてえいやと応えてみせたのは、監督やスタッフ、役者などすべての作り手たちに、拍手と感謝。


 主演女優に対してあれこれツッコミをいれている人はいいけど、映画をみたあとで、その記事を読んでコロッと見方がかわっちゃっている人は、とても危険。個人攻撃は戦争をする人と同じ発想だし、そういう煽りにすぐ負けちゃうのどうなのさ。それゆえに戦争をしちゃうんかな人間は。美しいかわいい最高、自分は戦争はしない!、程度の感想はそのままでええやないか。ワンダーウーマンではなく、『ワンダーウーマン』が最高にかっこいい!