茶ぶろぐ

おとなのライフスタイル@TOKYOブログ

花江夏樹のどSイケメンぼいす

 下書きのままだった。一度公開したような気もするのに。


 深夜のBSで、ハライチイワイさんと宇垣さんと丸い顔のあんちゃんがでているマンガの番組があった。その回は少女マンガのドSイケメンとかの紹介で、不勉強なワタクシはふむふむと流し見。紹介をみても、ジェネレーションギャップなのか、ドSイケメンはさっぱりわからない。むかしからいるイケメンハンサムの寡黙でぶっきらぼうも好みではないので、ドSなどといわれても余計に謎である。人気マンガのシチュエーションや台詞を紹介されても、こいつ頭おかしいんじゃねえ?みたいな感じでちっともテンションがあがらない。
 しかし。真ん中に座っていて丸いふくふくもふもふ気味な若いおっちゃん、もとい、おにいさん、番組MCなのか番組をしきっているのかなんなのかもぼんやりぎみなあんちゃんが、実は花江夏樹さんというとっても売れっ子な声優さん。我が家でもタンジローとか俺はデザイナーになる男の子で近頃親しみのある人。その花江さんが、マンガのなかの、ドSイケメンの台詞を実演してみるという瞬間がきた。そのキャラクターがメガネをはずすと豹変するという設定もあり、メガネさんは都合がよいらしい。
 イワイさん、宇垣さん、花江さんという並びだったが、花江さんは宇垣さんをとばして、イワイさんを相手役ヒロインとみたてて、接近戦でドSイケメンな台詞をささやく。その台詞は先に明示されており、それをみても一ミリも萌えなかったのだが、

 花江さんが言ったらすごかった

 イワイさんも口のなかがジュルッとなったとかいってた。
 わかる。ちょっと分かる。口のなかじゃないけど、脳内になんかびゅっとでた感じがした。
 さすがである。さすが若手で、なんとなく名前は知られているような人は、すっごいなあ、と思った。その寸前までは、なにいってんだこいつ意味わかんね、とまったく響かなかった台詞が、謎の情感をどっと煽ってくるのである。
 それでその作品を読みたくなるとか、アニメ化されたら絶対みる、にはいたらないのだけど(それはこちらが対象外だから仕方がないのである)、役者さんのもつ芝居の圧倒的なリアリティとか説得力をすごく感じた。若い人やその作品が好きなひとは、自分のなかで、想像して自分で情感をもたせられるけど、興味がないひとにはなかなかそれはできない。でも役者さんというのは、受け手にとってあまり意味がない影響しにくいことばのならびにさえ、受け手になにかの感動を与えられるのである。
 とまるで作品はdisってるみたいだが、そうではなく私にはわからないだけなのである。頭硬いの中高年だし。でも花江さんがしゃべってみたら、ぐっときた。でも作品を観る気にはならないし、花江さんに落ちるわけでもない。でもすげぇなと思ってる。うまいひとは本当にいる。

キッチンペーパーの行方

 箱ティッシュ、トイレットペーパーは戻りつつあるようだが。リードとか油をとるやつはあるけど、ふつうのキッチンペーパーがやや劣勢。少し前に、紙製品が不足気味のときがあった。工場が台風で被災とか。ちかくのドラッグストアのなかには、ビニール袋など、見境なく品不足気味になっている店もあった。買いに来て、売ってなくて、他のものを買い物カゴに放り込んで帰ってるのかも。そこの店は周辺の他のドラッグストアとくらべても、品不足が激しくて、思わず買いあさってしまう雰囲気があきらかにある。

 キッチンペーパーは節約している。使いすぎだったのさ。生活するとゴミが出る。節約しても大量のゴミが出る。生きるとはゴミを出すことなのかと憂鬱に思うことは多い。

 キッチンペーパーなんて、いるのそれ?な人は多いだろう。エコに暮らしてる、とかじゃなくて、台所作業がいわゆるお母さんや主婦のように多くない人には、ピンとこないかもしれない。

 知られていないからこそ、名もなき家事が多いからこそ、キッチンペーパーが売りきれるのだ。衛生面や、手早く作業をする上では、キッチンペーパーの力は大きい。綿製品で補うには、多少いろいろ先行投資や技術や訓練がいる。普通よ簡単よという人や、勉強中だったころを忘れてるだけだ。

 薬ができなければ、この騒ぎはおさまらない。薬ができても、また違うウィルスができる。そういう長い時代になるのかもしれない。よけいにキッチンペーパーは使いたい人が増えるかも知れない。だが消毒や清潔は、家庭生活においては限りがある。病院ではない。どこらへんに着地するか難しいところだ。

 使い捨ての手袋も早く戻ってきてほしい。自宅の介護とかで使ってる人は少なくないと思う。

 いろんな生活がいろんなものに依存していることをひたすら認識にし直す日々。それは地味でむくわれにくく、小さなストレスがたまる。

 そのために、芸術やエンタメがある。自粛しちゃいかんよ、君たち。もっと働け、頭を使え、元気をふりまけ!

 

 

『鬼滅の刃』は男子なのか長男なのか

 原作は未読、アニメのみ。


鬼滅の刃』は「男子」なのか「長男」なのか。
 そういう感じなのかな〜と思って見始めたが、だいぶ違った。主人公炭治郎は確かに少年で長男だが、多くの指摘もあるとおり、ほとんどのきょうだいを亡くしており、実際に守るものはわずかで、生き残った禰󠄀豆子は単なる庇護される弱者ではなく共闘する。ともに戦うのだ。
 序盤の、禰󠄀豆子が担がれていた箱からでてきて、動きはじめるところはなかなかぞくぞくと血が騒ぐところである。禰󠄀豆子は純情可憐にみえるヒロインでありながら、かなり強いのだ。
 炭治郎は自分は長男だからと己を鼓舞する。確かにそれは、「男子たるもの、長男たるもの」という、散々日本人を呪ってきたことばと似通っているというか同じだが、さにあらず。彼は彼自身に対してそれをいうほど、痛々しさと勇気が胸をうつ。それは単に彼自身が自分を勇気づけるためにいっているだけで、別になんでもいいからだ。禰󠄀豆子を人間に戻すというのは、唯一絶対の宿願であり、それは大きな精神的支柱だ。それがあるからこそ彼は生きて正気を保っていられる。彼はある意味ぜんぜんいわゆる男子でも長男でもないのだ。そういう明るく元気なのに過剰な痛々しさをみせないのは、ものすごくうまいところ。(果たせない場合のパターンを想像すると、もうお先真っ暗絶望エンドなのだけど、少年マンガだからそれはないと信じたいが)

 登場する女性キャラの数はやや少ないが、弱くはない。けっこうえげつなく強い。頭空っぽではなく、どのキャラクターにも、敵のキャラクターにさえもバックグランドが丁寧に考えられているところをみると、いまのところは、この女性蔑視がああというところはない。まあドキドキするところはあるけどね。カワイイのはまあ少年マンガだから、現代の読者に受け入れるためには多少はしょうがなし、時代的な好みはでるだろう。


 なにせドキドキは男性キャラにも十二分に発揮されている。炭治郎は明るくけなげで主人公でまだふつうだが、泣き虫へにょへにょで女の子にはみさかいなく平等にラブコールするのに眠っているときは激強の善逸、猪の頭をかぶって猪突猛進考え無しに暴れまくる腰ミノで上半身脱いでいる暴れ者だが素顔は美少女のような激烈美少年伊之助。伊之助の素顔が登場したときは、日本の伝統的美少年文化を平成令和に狂い咲きぃな趣味全開っぷりに脱帽した。彼ら三人とくらべると、冨岡さんの(現時点での)薄味っぷりがバランスがよい。三人の少年の上に、こゆい美形だったらたぶんだいぶやばかった。


 閑話休題
 というわけで物語として男女差別はあまり感じないが、マーケティング的にはキャラクター造形でつっこまれても多少は仕方ないと思う。でもいまの市場に受け入れられないといけないもんね。金森氏も言っていた。
 物語を象徴している台詞は「生殺与奪の権を他人に握らせるな! 」だし、もうそれにつきるんじゃないかと思っている。鬼とかあれこれ書いているけど、これをいうために、伝えるために描いたんじゃなかろうかと。だって最初に言わないと、連載はいつどうなるかわからないからな、ジャンプだし。
 中島みゆきの「宙船」の歌詞にもある、他人に「おまえのオールをまかせるな」。若い人に限らず、中高年も、そこをまずは常に思い出さねばならない。生殺与奪の権をつねに自分の手にもつ。いつの世の中でもそれは常に容易ではない。いろんなものにおびやかされ、ぎりぎりのシステムの上で生きていることは、新型肺炎の騒動でもみな感じ取っているはずだ。知らぬ間に、何かに支配され、流されるままに選んでいる。大ヒットしているマンガを読んでいる、その狂乱じみた盛り上がりに参加するのも、他人に何かを奪い取られているところはある。
 人を食らう鬼は、とりあえずいまの世界では絵空事だが、自分の前に理不尽に立ちはだかるものに対して、どう戦うかについて、物語はヒントをくれる。絶対ではないが、欠点もあるが、勇気と諦めない心を強く呼び起こす作品は、いいもんではなかろうか。(何を諦めないかは運かつ自己責任なところはあるけど)

買い占め買い溜め買い置き防災備蓄

 花粉症の症状が激烈になり、箱ティッシュをもとめて早起きした(ウソ)。午前中のうちに買い物にいった。ドラッグストアは9時や10時からあいている。家をでたのは10時半をすぎていた。
 行く道で、トイレットペーパーなどをもっている人に目がいく。買えている人がいる! おじさんおばさん、それどこで買ったの? 箱のマスクをもっているじいさんもいた。まじでどこで買ったのか。ペーパー類じゃないけど、めちゃくちゃ買い出しして、スーパーのカートをそのままおしてきているババァもいる。それ窃盗ではないのか。寝坊もしているのでなんとなく気が急いて、早歩き。
 一番近くの店Aについたら、スッカラカンだった。店Bにいったら、箱ティッシュだけはけっこう並んでいた。トイレットペーパーは4個ぐらいあった。圧縮版のやつで、3分の1のロールになっているという。はじめてみたタイプ。省スペースだしいつもなら迷わず買うが、一個しか買えないし、箱ティッシュ優先なので。キッチンペーパーは分厚い油をすうようなものはズラっと並んでいたが、普通のはない。
 なんとなく早歩きできたせいで、店内物色している間に暖房が強くて滝の汗をかく。他にトイレ掃除用のそれもいちおう紙製品なものも買う。箱ティッシュは我が家がほこる巨大パラシュート生地のエコバッグにいれて、スーパーへ行く。汗がひいてきて脳貧血もどきになりかける。死にそう。煮豆の紙パックを買う。わりと重い。
 レジでおっさんが顔なじみのようにお姉ちゃんに話しかけていた。今日は朝からトイレットペーパーを買ってさ、ついでにこっちにも来たわ的な。それマジワシな。


 少し前から、防災とか備蓄を以前よりはまじめに考えるようになり、少しずつ買い置きなどをしている。本当に少しずつだ。今回はそれが少しだけ役に立った。多めに買っているのは、水、トイレットペーパー、箱ティッシュ、生理用品だ。水はときどき買うのでいいのだが、紙類は日々消費しながらである。以前は、新しいトイレットペーパーの袋を破いたら、次のを買ってくるだったが、いまはプラスイチにしている。箱ティッシュも同様だが、今回は少し購入がおくれていた。花粉症の症状が強く出始めているのに。生理用品は、これは一番不安と言えば不安だが、きりがないといえばきりがない。今後はもう少し増やすのかなあ。
 ところで、地方自治体や国がだしている、備蓄などの資料を調べると、地震や水害などの天災だけでなく、インフルエンザについても並記されていることは多い。パンデミックに備えましょう、だ。だから今回はけっこうそんな感じ。まだ激烈な病気ではないから、みんな出歩いたりできるけど、もっと感染が猛烈だったら、もっと厳密にひきこもらねばならない。それは天災のようにわりと突然やってくるし、インフルエンザが来たからといって、そこで買い溜めをしても遅いのだ。だから日々の買い置き、備蓄が必要になる。紙類はまだ置き場所の問題ぐらいだが、食べ物は本当に難しい。けっきょく全然できていない。
 だが、むつかしいけど、それでもやらねばならんのだ、と今回また思った。食べ物も簡単なもの??からするのが良いかもしれないが、じゃがいももすぐ芽がでるし、置き場所ないし。缶詰は無計画にかってきて賞味期限ぎれになっている……と考えるとまたやる気がなくなる……。備蓄食料をもう少し増やしたいな。キャンプかな。どうせならたのしく…。