茶ぶろぐ

おとなのライフスタイル@TOKYOブログ

婚活では容姿を気にするのか、しないのか

 話題に遅れてのっかる。


 昔々のおはなし、20年くらい前だろうか? お見合いをさせられそうになった。写真をみたらすぐにやめた。お互い様である。
 自分は顔にはこだわっていた。三番目くらいだ。細かい明文化されていない条件はいろいろあっただろうが、公言していたのは、3つで、その3つめに「かっこいい」があった。それはもちろん自分の基準だが、家人はイケメンだ。ちょっと条件がつくが。


「かっこいい」ひとがいいなら、そこには別に譲歩する必要はないと。それを第一条件にするのは、うまくない。優先度は一番ではないが、控えめにいえばかかせないくらい、で。面食いで何が悪いと開き直る。
 自分の場合は、顔がうすっっっっいので、濃い顔が好きだったところはある。ぽにょぽにょとしたいかにもいい人の顔とか案外好みでない。そして体育会系とかオレオレなやつもだめである。裏テーマは「周囲に埋没した美形」(誰かのまんがのはなしかな)
 いかにもかっこよくイケメンでみんなからもてではなく、よくみるとイケメンじゃね?、という人が好きと言う、ヲタクにありがちなマインドではなかろうか。(だが顔は良くても服のセンスがないを超えて悪い人は萌えなかった)


 容姿にこだわるなら、なかでもどんな容姿なのか、突き詰めてみるとよい。意外と自分だけの条件があるはずだ。みんながうらやむような、「みんなから人気がある美男美女がいい」という人は、容姿にこだわっているようで、いない。その人の顔をみていない。そんな残酷な軽薄な心持ちでは、恋愛や結婚は成り立たない。


 美男美女好きでかまわない。面食いでいい。そのなかでも、とくにどのような顔が自分にささるのか、あるいは、人生に必要なのか、とくと考え、求め続けることを諦めてはいけない。海外のいろんな国の人の女優男優かまわず俳優さんの顔をみるのもよい。日本の大手の芸能事務所などのサイトにいって、顔写真をばーーーと眺めるのも手である。いろんな顔があることがわかるし、年齢でいろいろ変わるのもわかる。その年齢のことだけ考えないほうがいい。長い目でみよう。各時代においての美男美女の定義を眺めるのも良い。私は古来の日本なら超絶美人顔であるのは間違いない(うそ)


 25歳もすぎれば、生き様は顔にでる。イケメンでも性格が悪いなら変な顔になっているだろう。それでもいまどきのモテ顔が好きならば、修羅の道に漕ぎでるしかないが、若い時の美男美女は、よほど財力がないとそれを生涯維持することはできないデスよ。ふつうのサラリーマンでは無理です。