茶ぶろぐ

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音楽は鳴り続けるのか

 アマチュアオケの練習も演奏会も中止になった。そもそも会場が開かないのだ。バイオリンに復帰して2ターン目だったので、いきなりこんなことになって個人的にウジっとした気持ちもあったが、てやんでえべらぼうめえ、大人はどうでもいいんだ。極端なはなし、音楽で食っているプロの話でもない。
 こどもの話だ。
 オケも合唱も吹奏楽も、途切れてしまうかもしれない。
 自分は高校で管弦楽で、大学で合唱だ。そもそもオケがある高校はめっちゃ少ないので、ガチの存続の危機だが、最悪の最悪、前進となる弦楽愛好会になってまさに細々と続けることはできるかもしれない。だが、日本にあまたある吹奏楽も合唱も、そして、その分野の音楽も、すごく危機的な状況ではなかろうか。いうなればみんながソリストや、運が良くてバンド少年少女、青空アカペラグループになってしまうのだ。
 中学高校は3年とはいえ、2年半、大学はまあ4年。いまの状況で、若い間の2年半を、ちゃんとした形にならないものに時間を費やすことなんて、できるだろうか。
 否、無理だ。すべきではない。貴重な若い時間を、もっと熱中してやりこめるものに時間を割いて欲しいと思う。そうしたほうが、のちのちもし集団で音楽をやる機会が得られたときに、役に立つかも知れない。


 まさか音楽がこんな危機的状況になるとは。
 これから数年は体験できない。2年ぐらいすぐだろう。3年ぐらいまるまる無理かもしれない。時間や人数の制限は波がありながらずっと続くかもしれない。そんなこたもうみんな分かっているはずだ。
 オケはなかなかあれだけど、吹奏楽や合唱は小学校や中学からやってる熱心な人はいる。でも彼らは、数年それができないかもしれないのだ。(ここで都合のよいワクチンや特効薬など、安易に期待してばかりではだめだ。希望は棄てなくても)
 なんてこったい。

 こどもたちから音楽が奪われてしまうことが、この先どんな影響を与えるのか、想像はとても難しい。部活や団体がなくなる可能性は十分で、するとそういうものをやるのは有る世代より上の大人ばかりになる。ただでさえ高齢化、少子化の上に。しんどい。
 ただでさえ小中高大と音楽をやっていても、社会人になってしまえば、ほとんどの人がやめてしまう。バンド少年少女だってそういう人は多いだろう。
 この先の社会はかわらねばならない。十代の頃に体験できなかったものを、社会人になったあとでも、なるべく若いうちに体験できる機会がなければならない。歌も楽器も。そのためにも「仕事でいっぱいいっぱい」なんて時代は終わりなのだ。趣味にも生きねばならない。

 いまはインターネットがある。オケや合唱や吹奏楽がないから、個人の演奏技術を磨こう!、ができないわけではない。コンピュータだけでも音楽はできる。そこで磨いてもらってもいいけど、磨くしかないかもしれないけど。
 子どもたちはきっともっと聡明だから、自分たちでやり方をみつけるだろう。そういうとき、邪魔しない、できれば手伝える大人でいたいけど。

 自分のアマチュアオケの練習がいつの日か戻ってきて、それは高校の卒業生オケなのだけど、集まる人たちが、ある年を境に、ふっとすべてが途切れてしまうかと思うと、とても悲しい、信じられないほど悲しい(いやじっさいはそんなにまんべんなく集まっているわけではないのでやや誇大表現)。大学の合唱だって、あのぞくぞくするような感覚がどんどんいま消えつつあるかと思うと、現役でそのさなかに身をおいている人たちを思うと泣けてくる。
 さりとて泣くばかりではいられない。
 音楽よ、たとえ途切れる月日があっても、ずっとそこにいて、そばにいて、近くで鳴り響いてくれ。
 先達たちはもっと困難な時をなんども体験して、それを乗り越えているから、完全になくなったりはしないってわかってるけどさ! 求める人のものとに音楽は必ず帰ってくる。だからこそ苦しいのだ。