茶ぶろぐ

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あの子は、あの子のうちは、なになによ

 あの子のうちはなになになのよ、という話はいろいろあったが、だからこうこうしなさいよ、と言われた記憶がない。言っていたのか、聞いてないのか、忘れたのか、わからんけど。

 誰々はなになにだ、というのは、情報として必要なときはある。耳が聞こえないとか、外見でかなりの確率でわからない。日本人ではないアジア人の人も、かなり国籍はわからない人もいる。お母さんがお父さんがいるとかいないとかは、大人になったらどうでもいい話だが、子ども同士のときは、とりあえず子どもに与える情報なのかもしれない。

 あの子はどこどこに住んでるから、あの子のうちはなになにの商売だから。それは子どもを守るために与えざるを得ない場合もある。昼間からエアガンで鳥を売ってるとか、その地域ではその筋の人しか乗らないベンツでスピード違反とか。なになに教や党もちょっと大事だ。なになに人、はそれ自体はそれだけたまが、宗教や異なる生活習慣と結びついた事柄が多少あるなら、子どもも影響するなら知っておいてもいいかもしれない。(田舎なので外国の人はほとんどいなかったという子どもの記憶の認識)

 それで子どもどうしはどうするのかというと、中学のあいだぐらいまではあまり関係なかった。不良になるのにおうちも成績も関係なかったし。

 だが自分は、高校に入るタイミングで土地を離れてしまった。なになによ、のその先を、自分かま関わって確かめることはなかったのだ。

 

 大人は子どもに、あの子はなになによと情報を与えても、だからなになにしなさいとはいう必要がないときもある。子どもでサイコな子がいないことはないが、ほとんどの場合そうではないし、どこかで途切れてしまえば、いびつな思い込みや憎しみは次の世代では少しでも薄れるからだ。

 

 あの子はなになによ。へー、ふーん?

 そこで理解が止まっていたら、社会的には改善しないのかもしれないが。どこどこの生まれなのよ、お家がなになになのよ、と言われても、ピンとこないという戦法、ありやなしや。

 

 要するに、韓国人とかアメリカ人とかロシア人とか、国籍を意味ありげに言われても?、な感じで。異なる生活習慣とか考え方があるからそこはちょっと気をつける、のための情報としては有効だけど、それだけで差別するのは感覚としてわからない。こちらも頭が悪くて無知なところはあるのだろう。そりゃ警戒はするよね、辛さとか量とか、靴を脱ぐとか、風土の湿度とか、食べてるものとか体臭とか。そういう違いはお互い様よ。