茶ぶろぐ ただのにっき

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安楽死は死ではなく生の問題である

 テレビ番組がきっかけなのか、安楽死の話題がちらほら。もしああいう立場になったときにどうするだろう、自分にはとても無理、そもそも金がねえ、あれこれ。が、たぶん、みんなすぐ忘れる。安楽死は死に方でなく、生き方の問題だ。死に方を選ぶとか、どう死ぬか、どこで死ぬか、なんて考えているあいだは、縁遠い実感のない、他人事な話題である。

 安楽死が合法化すれば、なんて、すぐいう人がいるけど、それが万事解決するなら、あらゆる宗教は自殺を禁じない。基本的に自ら死をコントロールすることは、忌むべきことだ。だから、死の問題と思っていると、文化的慣習的に埋め込まれた罪悪感から、なかなか逃れられないので不健全だ。

 安楽死とは、死の寸前まで、どう生きるかの問題である。いまの決断の連続の延長線上に、それはある。日々、死を思えというのは正しい。自分のすぐそばに、自分に張り付いている死をちらと垣間見ることは、むしろ健康的だ。