「カノンてなあに?」
「おいかけっこだよ」
条件反射のようにわたしはこたえたが、無論、正確な定義を知るはずがない。
音楽之友社『新訂 標準音楽事典』新訂第1版第5刷(いまは第二版がでている)によると冒頭の部分。
(1) カノンは,ギリシア語で〈教義〉とか〈指定〉とかを意味する。音楽にあっては,もっとも厳格な模倣手法による対位的書式のことである。
後半が難しすぎる…。(ためしに「対位法」のこうもくをみてみたら、難解すぎて誰にむかって書かれているのか全然んわからない世界だった。そう、むずかしすぎるから、20年以上前に購入してから、ほとんどひらいていないのであるこの大事典)ネットでいろいろ検索して、補足して、自分が知っている範囲の感覚から「おいかけっこだよ」というのである。
現実世界でおいかけっこをするならば、真似や模倣をするというのは経路だけだが、音楽では「同じメロディを後から演奏する」ということで現実にしていると思われる。そうなると『〈教義〉とか〈指定〉とか』がわかりやすくなる。同じじゃないと追っかけ感がでないのだ。
わかりやすい例が『かえるのうた』だ。「か〜える〜のう〜たが〜」である。梅雨になると歌ってた? いまでも歌うのか?歌いだすタイミングをずらして、まったく同じメロディを歌って終わる。うまく歌えると何だか楽しいけど、それでどれだけ音楽になるの?、という気分も正直ある。
音楽なので、おいかけっこして同じメロディがずれて重なったとき、あらふしぎ、音楽ぽく聞こえることも大事である。遅れて演奏してガシャガシャしているのではちょっとちがう。だが紳士淑女の皆さんの記憶のなかの『かえるのうた』の輪唱は、ほとんどなにがなんだかわからないうちにおわった記憶しかないだろう。だって他のパートを聴くとつられちゃうし。
有名なのあパッヘルベル作曲のカノン。三つのバイオリンのパートが、ずれてスタートして、完全に同じ旋律を弾く。ただし最後(いったん〆るところ)は『かえるのうた』のようにバラバラに終わるのではなく、「じゃーん」とそろって終わる。おっかけたパートは、メロディの途中で唐突に「じゃーん」になるのである。ちょっとおちつかなくてむずむずする。
パッヘルベルのカノンが『かえるのうた』より”音楽”ぽく聞こえるのは、他にも理由がある。チェロとかハープシコード(ピアノ)がついているからだ。実際曲のスタートはそれらであり、聞きやすい旋律を奏でるバイオリンは前奏をきいてから歌い出すように奏で始める。チェロやハープシコードは、ほとんど同じ事をくり返している。
パッヘルベルのカノンのチェロ楽譜を探しています。無料でダウンロードできるURLを... https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13112003273 #知恵袋_
2小節を延々くり返しているだけ。。恐るべし。
まあバイオリンも弾いてそんなに楽しい曲とは思えないけど、いろんなBGMに使われるのは、曲の途中適当なところで、「じゃーん」と終わりにできるからという話もあったような。
『かえるのうた』はカノンの醍醐味を味わうにはもっとも身近な例であり、最後に歌い終わる心細さや妙な恥ずかしさといったら他にはない。やはり3パートぐらいいるとちょうどいい。3人そろったらじゃんけんして歌ってみよう。負けた人が最後に歌い出すのだ。ナンダカハズカチー。いちばんうまいひとがやるパートかもしれぬ。