茶ぶろぐ

おとなのライフスタイル@TOKYOブログ

プログラマってえらいの?とか

 プログラマってなんでらえらそうなの?

 なんて言われてるの?

 時代はかわったなぁ。かつては職業として認知されてなかったのだろう。いまはだいぶ知られたようだ。かといって、成熟したとは言い難いのは、定義やイメージや待遇は人によりすぎるからだ。

 たとえばむかしのゲームを作った人とかだと、ほぼぜんぶ作ったとか、場所を覚えてるとか、そんな伝説的なやつ。そういう系統の人は確かにいる。ハイレベルなやつ。

 いっぽう、兵隊とか駒みたいにいわれるやつで、そこはもう、レベルが安定しない。新卒で会社に入って三ヶ月研修ではじめてプログラム作りましたの人から、仕様書にきちっと従う人、落書きみたいな仕様から実装するための仕様書を作りつつコーディングできる人や、口頭で世間話して仕様書なしに作っちゃってしかしあとは知らんな人や……

 レベルが違う、というのも難しい。下の人も上の人も、自分と違うレベルの人のことはあまりわからないし、想像できないから。

 プログラマは職業というより、その仕事での役割をかなりあいまいに指す言葉であり、仕事ごとに、何をどこまでするかという範囲と金銭をきっちり決めておかなければもめにもめる。そこがずっとそんなにできてない気がする。だからトラブルしか起こさない人や、神の手な人がずーっと両方いる。あんまり神の手だと、頼むほうがいろいろきちんとするよね。なんでもないふつうの人は、おかしなプログラマとつじつまあわない営業と頭真っ白な顧客の面倒をみるのに忙殺されて疲弊していく。

 

 とりあえず何か作ってみようか、の問いが理不尽に思うなら、やはりやめたほうがいい。むいていない。プログラムの理解度は低くても何か作りたい人は、がんばればしばらくは食えるかもしれない。えらくはなれないけど。だれがなにもいわないうちに、自然に本を開いて何かを作ったりネットの海を漂い英語もそこそこ話せないけど読めるような人が、プログラマにはまだ向いてる。でも神の手にはなれない。まぁみんなが神の手にはなれないけど、なるべくそこを目指さないと、疲れるだけなんだよねー。

 自分はプログラマにもSEにも対して慣れなかったが、しばらくコーディングをして給料をもらっていたのは確かだ。プログラムを作ることは楽しかったけど、客の話をきくサービス業にはやっぱり興味が持てなかった。

 神の手とか関係なく、プログラマは、情報産業はサービス業なのだ。神の手だろうが、お客さんのやりたいことを実現する手助けをしているだけだ。

 だから誰かに何かしてあげたい、お客さんから感謝されたらうれしい、という人も、まぁまあプログラマになれるかもしれない。でもお客はなーんも考えてない人が多い。そこのストレスものりこえなければならないので、サービス業はほんとつらい。

 でも、今回のぱんでみっくで、少し変わるかもしれない。これしなきゃ!、これいる!、これいらない!、が少しでもはっきりした人がふえるかもしれない。

 えらいプログラマはめちゃくちゃえらくて、そうでないひとはそうではないのである。