脊髄反射でオブラート

chaoruko@HatenaBlog

メロンを切る

 大きな編み目も重みもあるメロンを二つを頂いた。北の国からきたわけではなく四国の温室栽培で、見た目はいまいちだが味はよいと添えられた手紙がいうが、いかにも編み目のある高級そうな品で、外見の何が悪いのかさっぱりわからない、ともかくも、食べどきがさっぱりわからないから、一つはさっさと他へ譲り、さてともう一つと向かいあった。ふだんは編み目のないメロンですら買わないし、キウイでも食べるタイミングを逸すること度々なのに、メロンなどどうしてくれようかである。どれくらい高級かはわからないけれど、食べ慣れぬ立派なものが家庭内に鎮座すると何かと落ち着かないので、ちゃっちゃと喰ってしまうことができたらよいのだが。お中元にこれも人様からいただいていた冷凍のカツオのタタキは、さすがに一夏に三個もあるとなると、さすがにうまく食べられるようになって、カツオのタタキらしくするのには多少のコツがあるのもなんとなくわかってきた。スライスした玉ねぎを水にさらし、ミョウガを千切りにし、しょうがをすりおろし、本当はにんにくのスライスしたのやらおろしたのも必須だが、近所で手に入るにんにくではなかなか匂いがリスキーなので冷凍のカツオに付属でない場合はにんにくはやめておき、小口切りの万能ネギ、スダチやカボスなどあるとよい。カツオをきって並べてから、たまねぎやしょうがやネギをのせ、ミョウガを添え、タレをかけ、軽く全体を押し、食べるときに、上下半分に手をふるサザエさんの居場所のごとく切ったスダチを絞る。これがとても美味しい。かなりはずれがないが、大事なのはたまねぎで、値段をケチってはいけない、淡路島の玉ねぎを買う。
 メロンは常温で追熟させ、食べ頃になったら少し冷やして切って食べるとよいというが、食べどき判定は困難を極めるし、切ったあと巨大なメロンをどう保存し何日で食べきるかという、核家族より小さい家族では、ちょくちょく直面する問題がでてくる。スイカほどではないがでそろそろ10年のどちら側にも開く冷蔵庫には、なかなかの強敵だ。毎日朝晩メロンをながめては、さてぜんぜんすこしも表面が柔らかくならず、表面が柔らかくなったら食べ頃だと手紙に書いていたが、いっこうにそんな気配はなく、数日して譲った先のほうから「明日メロンを切る」「メロンを切った」と知らせがあり、曰く、蔓が枯れてきたから切ったとのことで、確かに瑞々しかったT字形のつるは、すっかりしなびて、だいぶ乾いていた。カラカラのカスカスではないが、それでいいのだろう。
 朝にエイヤと包丁をいれたら、そうだかぼちゃのように硬いものではない。皮はそこまではチカラはいらないし、中身はまあまあの塩梅で熟しているのだろう、力の加減が難しい。そしてたいていいつも大きめのネクタリンやプラムを半分にする場合もそうなのだが、真っ二つに割れるわけがない。けっこう偏った半球体が二つできた。ちょうどいいと小さいほうをまた二つにわって、贅沢にもほぼほぼ4分の1ずつ食べることした。
 甘みは十分、うまいうまい。起き抜けにドヤ顔の写真をとるのも忘れてむさぼりたべたが、しかしメロンが久しぶりで、このメロンがどれくらいとびっきり甘くて美味しいのかもよくわからない。甘みとスッキリさがなかなか絶妙でしかし濃厚なメロンとはいえないのだろうけど、味が薄いわけではないので、こんなメロンもなかなかである。