脊髄反射でオブラート

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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』感想ネタバレあり

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス|映画|マーベル|Marvel|


 強烈に面白かった。


 公開から二日目の夜のIMAXの上映。さすがに子どもがいない。カップルや夫婦のほかに、男性で2,3人のお客が多い。行く前に136分という長さにぶつぶつ文句をいったり、一足早くみた人たちがやたら「泣ける」を連投しているので、「ほんとに〜〜???」とまた疑い深い態度で、しかし同時に、ネタバレをみたらどうしようという脅迫されているような不安感をいだきつつ、ドキドキしたり情緒不安定か? な状態で観た。


 以下全力でネタバレ



 1作目も面白さで圧倒されたが、2作目もまあああああすごかった。

  • ベビーグルートはそりゃかわいくてかわいくてあざとく振る舞うだろうよと思っていたが、予想の範囲を超えていた。わからないけど、他の子はしらんが自分の子はかわいい、みたいな心境になってしまうようなやつだろうか、これ。
  • ロケットのアクションシーンが多くて最高だった。顔のふっさふさ加減とか、瞳の表情が何割増しにもなっていた。3作目じゃリアルなアライグマを超えてしまうんじゃないか。
  • ゾーイ・サルダナ演じるガモーラもすごい魅力的で美しくてすごいよかった。ネビュラとの最強最悪きょうだい喧嘩とピーターとの微妙な空気。ゾーイさんの出演作はなぜかいくつかみているけど、いままででいちばん良かった。
  • 異常なほどのクリス・プラットの美しさよ!!! エゴの宇宙船のなかから、エゴの星について、エゴと対話するとき、もうずっとまさに神がかった美しさで、なんども意識を奪われかけた。最後にはまた小汚いもといワイルドに戻っていたから、そういう演出だったのだろか。いやほんと危険なくらい。その美しさは、繊細に揺れ動くピーターの心とも関わっている。父への思慕、表れた男への疑い、喜び、そしてまた疑い…。半分人間で半分神様みたいな存在にふさわしいビジュアルとたたずまいではなかったでしょうかー!! (;Д;)
  • 今回なんといっても話やノリを牽引していたのはドラックスだ。 デビッド・バウティスタさん超やばい。かっこいい。美味しい笑いはぜんぶもっていくし、笑うし、口が悪いし、静かな決定打は彼がばしばし打っていた。表のストーリーは、ピーター、エゴ、ヨンドゥであるが、そこにまさに血を通わせたのはドラックスである。筋肉バカ風のまま、すべてありふれたテンションではない、みたことがないような表情と間合いで、言葉を放つ。すごかった。マンティスと馬鹿笑いするところなんてめちゃくちゃ笑ったし、マンティスが彼の傷みを感じて泣くシーンも傑作だったし、「家族だ」とさらっといってしまうところもぞわっとするほどよかった。


 さて。
 ピーター・クイルの父親がでてくるというのは、知っていたし、カート・ラッセルという人がやるというのも知っていた。名前はしっていたが顔はわからない俳優さんのひとり。


 だが、だが、だが。
 話が進んでも、進んでも、
 自分は、映画を観ながら、
 頭のどこかで、「そうはいっても産みの父親とは和解しても、やはりヨンドゥのほうがお父さんだよ」的なエンディングだろうと、ぬるい脳みそのどこかで、
 ずっとずっと思っていて


 怒り爆発なシーンでやっと、ぎゃーこれないわー!!、と、やっと、この映画の悪役は父親だったんだ!!、と認めた。


 だから、エゴの惑星についても、かなり話が進んでも、いつ敵がでてくるのかな〜〜、とか思っていた。きんきらの人たちはコミカルすぎて最初しかでないのかな〜と思ってた…。


 アメリカのエンタメ映画なんて、結局は両方の父親を認めましょう、みたいなオチでしょ、ディズニーだし、みたいな、ひどい偏見や思い込みが自分のなかにあったことに、ひどくひどく驚いてショックだった…。


 勝手な思い込みなんて、ほんと邪魔だけど、ここまで驚けたら、映画を作った人も、うれしいかな。


 1作目もそうだったか、gotgはけっこう乱暴だしけっこう人がたくさん死んでいる。今回も容赦ない残虐皆殺しシーンがちょくちょくあった。これにくわえてちびグルートがいじめられてるシーン、ドラックスがしつこくマンティスに外見は美しくないと言うシーンもあり、何かをみはる人たちにとっては、そういうの受け入れがたいようである。


 だがそれは、現実から目をそらしているのと同じだ。ディズニーが描写しなくても隠しても(本当にかくしているのかしらんけど)、大量虐殺や、弱い者を虐げることは、いまどの世界でも起きている。戦争がない日本でだって、日々人を虐げて追い詰めて自分の憂さ晴らしにしている人がいる。
 そういう残酷な世界で、彼らは、それぞれのやり方で戦い、したたかに生きてきた。だからアウトローだ。映画をみている自分は、全身きんきらの、ゲームみたいにピコピコ戦闘機をあやつる側か(冒頭めちゃくちゃ笑ってお腹がいたかった)、彼らのようなすぐに暴言を吐きルールを破りすぐに手をだす側か。大多数の人間は、どちら側でもある。自分はルールを守る善良な市民ですとふるまいつつ、自分がとがめられない範囲でならアウトローにも手を貸したい。現実はなかなかうまくいかないけれど。


 ドラックスは「家族」といったけど、彼らはそれぞれいだいているイメージが違うかも知れない。自分たちがお互いにいだいた、信頼感や気持ちを、とりあえずそう名付けてもいいかもしれない、ぐらいである。


 ヨンドゥは1作目からかっこよすぎる…?と思っていたので、2作目のかっこよさ盛り盛りのエンディングは致し方ない妥当である。しかしアベンジャーズのどこかの映画にはヨンドゥはでてくるよという噂を見かけて、え?え?え?、となっている。時空をゆがめることぐらいたやすいことですけどね。わしの乏しいベタな想像力では、ピーターの力でヨンドゥが生き返る設定だったがそれもなさそう。ないのか? 本当に力は失われたのかぁ?? なんでもありだよね、きっと。面白ければなんでもいいよ〜〜(基準が甘い