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村上春樹とノーベル賞祭

 ついに、ついに読んだ!

風の歌を聴け (講談社文庫)
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 長かった…。三度目の正直どころではない。こんなにも長い歳月を必要とするとは。この少し前に、

職業としての小説家 (新潮文庫)
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 ハードカバーで読んだ。小説は苦手だったが、こういうものを一冊、かなり時間がかかったけど、読みきったことで、小説も読みやすくなった。次はピンボールだ。

 そして今年のノーベル文学賞ボブ・ディラン。歌詞に文学賞をあげるのはよいけれど、いまさらボブ・ディランにとは、どういうこと?。科学の分野で過去にさかのぼって昔の業績を評価することはまぁまだよいけれど、すでに十分評価を得ているような人に、高額賞金付きの賞をあげる意味があるのだろうか。科学系で授与された人だって基金などつくってつぎの若手に…、など、もらった本人がそういう仕事を担うことになる。スウェーデン・アカデミー、仕事しろ。さぼってんじゃねえぞ。ノーベル賞は科学の賞だけお金が必要なところにあげたほうがいいんじゃないの?

 閑話休題
 毎年ノーベル賞の頃には、村上春樹のファンや自称関係者がそこかしこで集まって固唾を酒をのんでいるらしい。本を販売する方々にとっては重要なイベントであるには違いない。誰が受賞しても多少本が動く。しかしファンや同窓会の人たちが集まったりしているのは、完全にその人たちがそうしたいからだ。否、もしかして、いまとなっては、マスコミが集まってくるから、仕方なく集まっているのかも知れない。

 理系のノーベル賞は専門的で、受賞が発表されても、受賞理由を分かる人はとても少ない。理系の人でもわからないひとのほうが多いだろう。コンプレックスがある文系の人は、いっそう「わからない」「話にまざれない」「祭にのれない」。しかし文学賞なら、村上春樹ならば、参加できる。コンプレックス文系のマスコミは、自分たちがわかる話でさぞうれしかろう。そしてかつ、ストーリーを自分たちのフィールドにひきずりこんで、「わかりやすい・親しみやすい」エピソードでどんどん味付けしてしまえば俺たちのもん。イギリスの賭けの会社が村上春樹をリストにあげる。実際あるから、ほらやっぱりと毎年毎年祭は続く。

 村上春樹は永遠にノーベル賞をとらない。そのほうが幸せな夢をみる人の数は多い。