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脊髄反射でオブラート

chaoruko@HatenaBlog

「〜〜み」という漏れ

日記

 ツイッターで少し前から「〜〜み」という言葉を見かける。「バブみ」とか。腐女子用語かと思っていたら、他のところでも「やばみ」などもでてきた。「バブみ」も二重に苦手なんだけど、そこは趣味嗜好。「〜〜み」という言い方は、いつごろ誰がはじめたのだろう。自分が知らなかっただけの、以前からある日本語の使い方なのだろうか。


 起源はわからないけれど。ツイッターなど使われているのをみるかぎりでは、自身のなかにあふれる何か、自意識のそとに漏れ出すようなニュアンス、気配を、ネットスラングの範囲で表現しようとしているように感じられる。ちょっとした香りのような、匂いのような。フェロモンみたいなものかもしれない。
 とても日本的。なのか。


 ある一つの佇まいがあるとき、それが一つの印象しか与えないものより、複数の印象を与えるほうが魅力的ではある。たとえば(ちょっと安易な喩えだが)バリッとフォーマルなスーツを着た俳優。レッドカーペット上でカメラマンたちに向かっては、きりっとしたポーズをつくる。連続して撮影されるなかには、ふとした仕草が可愛らしかったり、隙があるショットも発生する。フォーマル、様々なプロトコル、コードに従いつつ、そこから逸脱したもの、個性的なもの、自由な属性が漏れ出す、感じられる。


 わかるけれども。「〜〜み」という表現は偏差値がいっきに降下して脳の使用率が極端に低下する。もちろんなかには「語り」にすぐれた人もいて、十二分に表現力をそなえていることもあるけれど、ない人は「〜〜み」という言葉だけを乱用連呼するようになる。だからスキルがあるひとは、併用が望ましい。安易で影響力があるものの力は恐ろしく強いから。