茶ぶろぐ

おとなのライフスタイル@TOKYOブログ

スタップ細胞と五輪エンブレム、あるはずの痕跡のなさ。

 世界がちがう、わけが違う。
 でも事件からうける不気味さは似ている。

 スタップ細胞は業界からの告発であり始末も(一応?)つけられた。死人も出た。深い傷も負った。


 デザインとして優れているかどうかはわからない。好みはあるけれど。
 パクリかどうかも、よくわからない。他の作品については、完全にトレースしたり、流用しているものもあるようだけど。

 でももし、コピペだと認識せずに、コピーしてトレースしたり、コピーしてちょっと都合のよいように改変することが、個人だけではなく、スタッフなど、その事務所でも日常的に行われていたとしたら? 大手事務所で、それが普通だったら?

 そうではない、ということを願ってる。
 手間、暇、費用、人材、工数をかけて、仕事をしているはずだ。資料の画像も、自分たちで用意しているはずだ。だって大手だもの。なんといってもオリンピックで使われるエンブレムだ。PC上だけでなく、あらゆる媒体に印刷されたときに、どのような色になるか、どのようにみえるかを吟味しているはずだ。

 そういうことを、たとえ分業化されてその人がやっていなくても、せめてリアルに存在する誰かがやっているはずだ。
 そうだと思いたい。

 そうじゃなかったら? 大手というひとたちがそうだったら? 業界全体がそうなのか、あるいは、そうしてきたから、大手なのか?


「わからないモヤモヤ」を糧にアグレッシブな攻撃にでるほど、度胸も熱量もないけれど、そのままスルーしてしまうほど、おとなしくもない。だから、エンブレムの使用をやめるのは、とりあえず、それがいいよね、と思う小者。

 でも次はどうするんだろう? 何がでてきても叩くのだろうか? 二位、三位の人の作品があったとして、くりあがりするのだろうか? 審査員はかわらないまま? 準備はまにあう? 一度印刷したぶんの諸々は、全部やり直し? その費用は?

 またモヤモヤがいっぱいでてくる。

 いいことわるいこと、ずっと、オリンピックではたくさん起きていて、遠くからみえると華やかなところだけ見えていたのかもしれない。ソチとか北京とかロンドンとか、さすがにそうでもない話も垣間見られるようになってきたけど。

 自分の住む街でオリンピックなんてそうそうない。だから今回はみえるだけ。そのうち、お祭りムードがでてきたら、全部忘れると思う。

 庶民だからいろんな騒ぎはきっと忘れる。どうにかこうにか、うまくいけば。

 バブルの末期をちょろっと味わった世代が、夢をもう一度!、と騒ごうとしているのがオリンピックかな、とは思ったりもしている。