茶ぶろぐ

40代のライフスタイル@TOKYOブログ

ストーリーの消費疲れ

 新しいアニメをみはじめるのがつらい、という話をみかけた。そういう感じは年のせいかと思っていたが、そうでもないらしい。貪欲にアニメ作品などを追いかけていた人ほど、早くそういう状態になるのかもしれない。

 日本は「ストーリー」が大好きだ。「予想もつかない」とか「大どんでん返し」とか。でも本当は、描かれているその瞬間、その瞬間が面白く無ければ、アニメも映画もドラマも小説もマンガも、面白いものではない。
 力のある連載マンガは、前後の話など全然知らなくても、その号だけでもいっとき集中力を奪われる。アニメも本当はそのはずだ。たまたまある回をみかけたアニメが面白くてそこから見始めたり、あるシーンにひかれ、映画を観に行ったり。映画もドラマも、本当はそうなんだけど、日常的にみられるものにすべてハイクオリティなものを求めるのは厳しい。二時間ドラマなど、その枠内での消費のためのたしなみが求められる。それはそれで良いが、熱心なアニメファンは、新しいクールがくるたびに、愛して入るからこそ、面白いものを求めるだろう。

 受け止める情熱はあるのに、なぜかのめり込めないもがでてくる。自分好み魅力的な絵柄の、それなりに伏線がひいてある、それなりのストーリーのアニメであっても。作る方はその時々でウケそうなパターンで作ったり、あるいは、諸事情で作れなかったりする。受け手はだんだんモヤモヤが積み重なってくる。

 もしかして宣伝の仕方に問題があるかもしれない。見ればおもしろいかもしれなくても、「感動的なストーリーですよ」とか「こういうの好きでしょ?」みたいに売り込んでくるから、もうそれだけでげんなり。

 アニメはそんなに広い世界ではない。主に日本が量産しているのだから。ものたりない、のめりこめない状態になってしまった人は、他の分野に質の良いものを探していくしかない。古今東西の小説や映画の世界に救いを求めるしかないと思う。ストーリーではなく、輪切りにしても魅力ある、その空気を味わいにいくために。アニメを捨てる必要はない。頻度は下がるが、時々面白いものは必ずあると信じていてもかまわない。

 アニメ好きな人は、それ以外の趣味をもってもよい。文化系の他の分野ばかりではなく、スポーツをみることでも、アウトドアをしにいくことでもよい。ともかくもそこばかりにいては、そこの魅力を受け取るパワーも枯渇する。ちょっと視点をそとにずらしたら、楽しくなるかもしれない。