のこのこ茶ぶろぐ

chaoruko@HatenaBlog

AppleTVからFire TV Stickにしてしまったん

 Huluさんが、「君のAppleTVはもうすぐおさらばだよ」というので、FireTVを買った。AppleTVの買い換えは少し前から検討していたのだが、簡単にいえば、値段に負けた。まあいつか戻るかもしれないけど。AppleTVはだいぶふるくて、操作性は、Huluに限らず悪かった。最近おちることも多かった。寿命である。


 新しいFireTVは、まず、TVに刺さらない。どうするんと笑っていたら、短いHDMIケーブルがちゃんと入っていた。でもそれは使わず、分配器?に刺している。
 動かし始めれば、まあ爆速である。ちゃちゃちゃと動くし、早送りや巻き戻し、字幕の切り替えなども簡単すごい。HuluとAmazonPrimeがますます区別が付きにくくなったが。Youtubeはサムネイルがいちいちカクカク動くのも地味にあれだが、まあ。iPhoneから飛ばすのも、有料だが別のアプリをいれたら使える。でもiPhoneのニコ生はうまくとばせていない。他はどうだろう。
 アプリをいれたら、あべまとTVerはアカウントの登録なしで観られる。これは便利かも。ふだんはそんなに観ないけど。
 AppleTVにもあったのかもしれないが、オリンピックチャンネルなどもあってロンドンの開会式を再生してみたり。
 ホームからアプリを縦断的に検索とかオススメがでてくるのは面白い。


 古いAppleTVと比べるのは酷だけど、いろいろ進化している。いまのAppleTVもこれくらいは快適になっているのだろう。
 私は基本は無知蒙昧貧乏なApple信者なので、Apple製品を欲しがるけど、リモコンの操作感もストレスはいまのところない。テレビとリンクしているから、切り替えただけで電源入るのやばい。リモコンにはアレクサも入っている。マジッすか。
 動作が速いのでザッピングして遊んでしまう。最初だけかもしれないが。
 F1がはじまればDAZNも入る。(はじまるのか)


茶を煮出す

 めんどくせえと思いながら、雪平鍋で麦茶を煮だしている。1リットル湧かして、お茶パックをいれて五分ほど煮だして、五分ほど放置して、冷ますのだが、とにかく冷めない。最近気づいたが、せめてエアコンとか扇風機の風があたるところに老いておかなければだめだ。
 めんどくさいのだが、ぬるい温度でのめる時間がながいので、煮だしている。水から冷蔵庫と味がどれくらい違うかよくわからないけど。
 煮だして冷まして云々は、時々話題になる紅茶のアイスティーの作り方に似ているようないないような。高級麦茶は、煮だして冷めるのを待つのがいいらしいと、少し前にどっかの新聞で読んだ。
 雪平鍋でやっているのは、やかんがひとつしかなくて、鳴らなくなったぴーぴーやかんだが、ふだんはお湯しかわかさないので、そこでお茶もわかしていいもんかと迷っていて、やっていない。お茶用のやかんがほしい。丸いいわゆる黄色か黄金色のやつ。でも置く場所がないし、そもそもそのやかんがいいのかどうかわからない。
 ぴーぴーやかんが鳴らなくなったのは、ガコッとぶつけたからだ。先代のぴーぴーやかんは10年以上使ってとてもよかったのでおなじものを買いたかったがモデルチェンジしていてやめた。迷いに迷って違うのを買ったが、数年もしないうちにぶつけたゆがめた。なのでもう鳴ることにはあまりこだわっていない。
 でもすぐわすれるので、鳴るやかんが本当はほしい。最近はそんなに流行りじゃないみたい。お茶を沸かすのは、シンプルなやかんがいい。

渡部さんの好感度

 渡部さんの好感度、それはすごく難しい問題だ。
 かつて王様のブランチのメイン男性MCは寺脇さんだった。二代目は谷原さんだった。寺脇さんになじみまくっていたし寺脇さんが好きなので、代わるときはすごく残念だったけど、なんとハラショー谷原さんが二代目なので、それはよきこととウキウキした。谷原さんも好きだから。そして三代目に代わるとき、「中堅イケメン俳優さんがまた抜擢されるんだな」とウキウキ楽しみにしていた。そしたらそこへきたのは渡部さんだった…………。
 人選が謎だった。先代ふたりがイケメン中堅俳優だったのに(谷原さんは司会業を増やしていったけど)、他ではそんなにそのような仕事をしていないというレア感もあったのに、なぜ渡部さん。いわゆるイケメンじゃないし、すでに他でいろいろ番組を持っている。なぜ渡部さんなのか、なあ、わからんよ。声優さんとかはずっとかわらないし、基本的には雰囲気を変えていないのに、なぜに……。

 今回の情報がでたとき、隠し子ではなかろうかと勝手に予想した。なぜならば、渡部さんはやたらとレギュラーの仕事を増やしていたからだ。きっと、子どもはできたけど結婚にはいたらなかった、そういうお相手や血縁者のために、身を粉にして働いて稼いでいるのだろう。そういう話ならばほおっておいていいぞ、とか勝手に思ってた。
 そんなことを勝手に想定するほど、ブランチのMCに就任したときよりは、あきらかに渡部さんの好感度は、上がってしまっていたのだ。当時は、なぜ渡部、イケメン俳優枠に、なぜイケメンでもない、俳優でもない、コンビはさておきピンではいけ好かない芸風でグルメ王の東京カレンダーでレギュラー連載もってそうなうさんくさいやつなのに(知らんけど)、なぜ渡部、お前がハラショーのあとなのだ……あのときかなり口悪く罵っていたのに、毒でも薬でもない薄いMC陣のブランチになれ、ヒルナンデスにもなれ、ぼんやりと渡部さんの好感度は上がってしまっていた。


 予想はちがってるぽい。詳細を知るわけもないけど、複数の不倫だって(2020/06/10 夕方時点)。脱税でもなかった。ラジオでもらったギャラをもらってないと言ったわけでもなかった。
 基本的には不倫はどうでもいい。本人たちのもんだいだ。パートナーだけが地獄の底まで喧嘩する権利がある。だが好感度がものをいうような仕事の仕方をしている人が不倫をするのは、どうしても謎だ。金があるから不倫もできるだろうに、それもなくなる。謎過ぎる。


 渡部さんへの低かった好感度は、歳月のあいだに、いつのまにか上がっていた。だがそれは嘘だった、幻だった、らしい。好感度とはなんなのか。なぜあんなにレギュラーが多いのか。なぜたいしてしゃべりがうまくない面白くないのに、ラジオまでやっていたのか。渡部さんはいったいどんなスキルにすぐれ、数々の現場で仕事を獲得したのか。謎は深まるばかりだ。

 気になるのはブランチのMCである。とりあえずはコジマさんか藤森さんだろうか。局アナかもしれない。しばらくはだれでもいい、あんまりつらい気配をみせずに、ふつうにしゃべられる人なら。好感度はまあまあでいい。コジマさんは個人的にはイケメン中堅俳優枠にほとんど入っているので、コジマさんならそれはそれでうれしい。でも本人はちょっといろいろ大変そう。藤森さんでもいい。長くはやらないかもしれないけど。第七世代でもいいよ。


 少し前にも「かってに好感度をあげていた」といろいろ考えた芸能人がいたが……だれだったっけ。わからん。思い出せない。記憶は残酷すぎるほど軽薄だ。
 今回については、最初の印象があってたってことだよなー。いつだってこの人は「なんでいるんだろう」だから。(そんなタレントは他にも少々いる)

ミュージシャンの孤独を想う

 covid-19のパンデミックでは、クラシック、ポップスなど関係無く、ホールやライブハウスで、ステージに立って音楽を奏でるという業種は、ものすごい打撃を受けている。音楽のジャンルを問わないという話は、なんだか珍しい気がする。プロの方たちのようすをSNSなどで垣間見ていて、その孤独さについて想像しているうちに、もしかして、ステージに立っている人たちは、こっちが思っている以上に、客席のお客さんのことが好きなのではなかろうか?、などと考えた。
 すでに音楽を生業としている人にとって、死活問題であるのはもちろんだが、それ以上に、アイデンティティーの問題なのでは、とか。自分が自分である意味、自分がいる意味、自分とはなんぞや? ひとりで弾いても意味がない。「音楽を人に演奏して聴かせ、その反応をえる」までが、そのひとにとっての音楽であり、生きる糧であり意味なのだ、おそらく。

 そんなのあったりまえさ、あったりまえだよ、だから音楽でくってんだ

 自分がライブに行くとき、聞きに行くとき、そこまでは想像してなかったからさ。
 ステージに立つ人にとって、客席にいる、聞く、反応する人たちの存在というのは、こちらが思っているより、想像しているより、精神的な意味での生きる大きな糧になっている、たぶん。量だけでなく、その質も、おそらくはイメージしきれない。(個人的に、楽器を多少弾くくせに、その理由がはっきりしないというのもある)
 単に仕事がない、売れない、というわけではない。みんながみんな、音楽の大きな部分を抑圧されている。音楽を一人で歌うこと、弾くことはできるが、孤独である。彼らにとってその孤独ははかりしれないほど濃く深く強い。自分自身に奏でることは、それはそれなりの意味があるが、それはそういう人たちにとっては、重要ではあるが、ごく一部でしかない。そのような孤独な作業だけでは、音楽が鳴り続けるのは難しいだろう。だからいま、あの手この手や音楽以外の発見も通じて、自分のなかの音楽の継続をあれこれ模索しているのだと思う。キャリアの長い人ほど、はっきりとその辛さを口にするのは、やっぱり年だからもあるし、大御所がはっきり言うことで、若いミュージシャンの孤独な思いを代弁しているのかもしれない。
 いつかは、いつかはライブで再会できる。でもすごく遠いのだと思うと悲しくなる。でも再開は小規模プレミアムライブからでもかまわないから、一日でもはやく、ひとりふたりの観客にでも、その瞬間を生きている音楽を届けて欲しい。

FF7リメイクのクリアを見届けた

 家人がFF7リメイクのクリアを成し遂げた。長かった。長かったようである。
 すごいボリュームであった。
 観るゲーマーもたいへんだった(え?


 次回はいつでるのか、来年とは言わないけど、3年以内には出てほしい。5年間隔だと、終わるまで生きている自信がない…かもしれない。んなことはないけど、未来すぎるほど、みんなそうなるよね。


 すばらしいゲームだっと思う。観るゲーマーとしては。大満足だった。ぬかりなく隙無くかというとそれはよくしらんけど。
 とにかくクラウドが美しくてかわいくてかっこいくてこじれている。複雑な非モテ超絶美男子主人公がここまで美しく描かれていたら、もう及第点あげちゃいたい。
 他もいろいろよかったと思う。
 あれもこれもそれも期待を上回っていたし、あれやこれもそれもとても楽しかった。とても良かったので、次回も、その先も、その先の先の先も、最後の最後まで、だしてほしい。


 しかしこんなボリュームだと、ゲーム業界のサグラダ・ファミリアなんていわれそうなこと請け合いである。サブクエストも面白かったけど、もう少し、もう少し話を前に進めてくれ。音楽が豪華すぎて正気か?ってかんじだったけど、この先もこんなペースでできるのだろうか? 多少は使い回していいんだよ。次もぜんぶ新曲とかじゃないよね?? 声優さんたちもなるべく元気なうちにやっちゃって…(T^T)
 制作が発表されていままでのあいだ、休業して復帰された方もいてめでたいとはしゃいでいたけど、鬼籍に入ってしまった方もいた。それなりにご高齢ならまだ多少の覚悟はするんだけどさ……
 演じている皆さんは、仕事の期間もすごく長くて、どんな感覚になるんだろうなあ。マンガやアニメで、ご長寿ものが増えているけど、なんだかそれはそれで喪失感が発生する原因じゃないか。FF7リメイクははじまったばかりだけど、FF7自体はけっこう年取ったコンテンツで……。
 FF7リメイクは、リメイクといえども、いま、これからやるんですよ、いまだすからにはこうじゃなきゃだめでしょ!、みたいな気合いを感じた。わからんけど。おばさんだからわからんけど。
 ものすごく不思議な設定の世界だ。日本のちょっとまえと現代と未来とファンタジーが縦横無尽に交ざり合う不思議コンテンツ。
 リメイクはできれば15年以内ぐらいに完結してほしい(とおいめ)


病院が空いていた

 半年に一度通院している病院が、圧倒的に空いていた。薬局もすごい空いていた。いっけん、病院のスタッフの人と、区切りや感染症や新しい受付システムの注意書きや案内の人がが多いせいで、にぎわいがあるようにみえたがウソだった。曜日による多少の差はあるにせよ、ぜんぶ待ち時間が、3分の1以下だった。とにかく高齢者がいなくて、自分と同じような中年の姿がめだった。40,50代の、男性、女性。
 本来そういうちょっと大きい病院なのだ。
 近所の民度の高いであろう地域の高齢者が、暇つぶしに通っていたのだ。そういうのを牽制するはりがみずーっとずーっと貼られていたが、なんの効果もなかったのだ。ひどい話だ。


 でもそういう人たちが、病院の儲けをささえていたのかしら、とも思う。
 まあまあお高い病院で、産科にくるひとたちの生活の余裕感といったらない。自分は婦人科なので、待合スペースは、まさににたようなおばさんしかいなくなっていた。産科も人が減ってるとはどういうことなのか。単なる人手不足か。一時期ほんとに産婦人科の先生がいなくて大変そうだったけど、それはだいぶ無理の話のはずだ。


 感染症の患者を受けいれている病院が赤字で大変だという。
 内閣も行政もクズクズしい。
 いろんな欠点がどんどんでてきて、だらだらと続けていた慣習が見直されるのは、わるいことばかりではない。


 人に迷惑かけずに老後を生きるなんて無理だけど、どれくらいが迷惑でどれくらいが迷惑じゃないんだろう。老後になったときは、自分ではもうその判断はできない。できるひとは、1割か2割ぐらいだろう。そちらの人には努力してなれるものだろうか。お金も知識も関係なさそうだものね。

音楽は鳴り続けるのか

 アマチュアオケの練習も演奏会も中止になった。そもそも会場が開かないのだ。バイオリンに復帰して2ターン目だったので、いきなりこんなことになって個人的にウジっとした気持ちもあったが、てやんでえべらぼうめえ、大人はどうでもいいんだ。極端なはなし、音楽で食っているプロの話でもない。
 こどもの話だ。
 オケも合唱も吹奏楽も、途切れてしまうかもしれない。
 自分は高校で管弦楽で、大学で合唱だ。そもそもオケがある高校はめっちゃ少ないので、ガチの存続の危機だが、最悪の最悪、前進となる弦楽愛好会になってまさに細々と続けることはできるかもしれない。だが、日本にあまたある吹奏楽も合唱も、そして、その分野の音楽も、すごく危機的な状況ではなかろうか。いうなればみんながソリストや、運が良くてバンド少年少女、青空アカペラグループになってしまうのだ。
 中学高校は3年とはいえ、2年半、大学はまあ4年。いまの状況で、若い間の2年半を、ちゃんとした形にならないものに時間を費やすことなんて、できるだろうか。
 否、無理だ。すべきではない。貴重な若い時間を、もっと熱中してやりこめるものに時間を割いて欲しいと思う。そうしたほうが、のちのちもし集団で音楽をやる機会が得られたときに、役に立つかも知れない。


 まさか音楽がこんな危機的状況になるとは。
 これから数年は体験できない。2年ぐらいすぐだろう。3年ぐらいまるまる無理かもしれない。時間や人数の制限は波がありながらずっと続くかもしれない。そんなこたもうみんな分かっているはずだ。
 オケはなかなかあれだけど、吹奏楽や合唱は小学校や中学からやってる熱心な人はいる。でも彼らは、数年それができないかもしれないのだ。(ここで都合のよいワクチンや特効薬など、安易に期待してばかりではだめだ。希望は棄てなくても)
 なんてこったい。

 こどもたちから音楽が奪われてしまうことが、この先どんな影響を与えるのか、想像はとても難しい。部活や団体がなくなる可能性は十分で、するとそういうものをやるのは有る世代より上の大人ばかりになる。ただでさえ高齢化、少子化の上に。しんどい。
 ただでさえ小中高大と音楽をやっていても、社会人になってしまえば、ほとんどの人がやめてしまう。バンド少年少女だってそういう人は多いだろう。
 この先の社会はかわらねばならない。十代の頃に体験できなかったものを、社会人になったあとでも、なるべく若いうちに体験できる機会がなければならない。歌も楽器も。そのためにも「仕事でいっぱいいっぱい」なんて時代は終わりなのだ。趣味にも生きねばならない。

 いまはインターネットがある。オケや合唱や吹奏楽がないから、個人の演奏技術を磨こう!、ができないわけではない。コンピュータだけでも音楽はできる。そこで磨いてもらってもいいけど、磨くしかないかもしれないけど。
 子どもたちはきっともっと聡明だから、自分たちでやり方をみつけるだろう。そういうとき、邪魔しない、できれば手伝える大人でいたいけど。

 自分のアマチュアオケの練習がいつの日か戻ってきて、それは高校の卒業生オケなのだけど、集まる人たちが、ある年を境に、ふっとすべてが途切れてしまうかと思うと、とても悲しい、信じられないほど悲しい(いやじっさいはそんなにまんべんなく集まっているわけではないのでやや誇大表現)。大学の合唱だって、あのぞくぞくするような感覚がどんどんいま消えつつあるかと思うと、現役でそのさなかに身をおいている人たちを思うと泣けてくる。
 さりとて泣くばかりではいられない。
 音楽よ、たとえ途切れる月日があっても、ずっとそこにいて、そばにいて、近くで鳴り響いてくれ。
 先達たちはもっと困難な時をなんども体験して、それを乗り越えているから、完全になくなったりはしないってわかってるけどさ! 求める人のものとに音楽は必ず帰ってくる。だからこそ苦しいのだ。